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作家・東峰夫 公式ブログ

東 峰夫 小説家。第33回文學界新人賞受賞、第66回芥川賞受賞。 著書: オキナワの少年(1972) 、ちゅらかあぎ(1976)、大きな鳩の影(1981) 、ママはノースカロライナにいる(2003) 、貧の達人(2004)、『現代の神話シリーズ』執筆中

父が見せてくれた図面

ぼくは夢見る者である。それは将来の夢という意味での夢である。昼日中でも白日夢のように夢見ている。いつも未来像(ビジョン)を見ているのだ。もちろん睡眠中の夢だってよく見るのである。一日に十時間も眠って、夢を見ては記録し、そしてまた眠る。睡眠瞑想と称して夢想にひたり、ありありと彼岸の霊魂たちの活動ぶりを見るのである。テレビを観るのと同じである。だから夢テレビと称している。
 そして夢想によって想像力の中枢は鍛えられた。そうなると回想も予想も、着想も構想も想いのままである。[なべての芸術家は、すべからく夢想家であるべし]というのがぼくの持論である。そんなふうに睡眠瞑想と夢想三昧で、十年を一日のごとく過ごしてきた。
 夢想は子供の頃からの癖であった。それが高じて想像中枢の能力が発達したものと思われる。で、想像力中枢には神からの想念がキャッチされ、テレビに映像が受信されるみたいに映像が脳裏のスクリーンに投影される。まさに[夢テレビ]である。ぼくのアパートに普通テレビはないが、夢テレビはあって超現実の神々から、たえず情報が送信されてくるのである。かくして垣間見えた未来像があったのだ。
「だろうな。貧窮による餓死が…」と読者は思うであろうか?
「いや、そうじゃなく、近未来が視えてきたんだ」とぼくはいう。
 夢テレビに没入すれば、誰だって超現実の天然世界を見ることができ、未来だって知ることができるのである。なぜなら未来は神々の事業計画(プログラム)によってつくられるからだ。
 現今は情報が氾濫する時代である。そこで必要な情報と、そうでない情報を分別し、取捨選択しなければならない。洪水のように押し寄せる情報の中で、溺死したりしないためである。権力者に追従するマスコミ人が垂れ流す情報は、昨日の新聞といっしょにゴミに出して、きれいさっぱり忘れなければならない。
そんじょそこらのヒト科動物が発する情報というのは、大抵が下口から出たウンコのように悪臭芬々(ふんぷん)とした情報である。そんな情報を摂取していたら破滅する。たとえ一万回転生しても同じ結果となるであろう。それが夢想家の単純な結論であった。
「自分は自分、他人は他人」と呪文のように唱えながら、デマ情報は惜しみなく捨てた。自分にとって大事な情報だけを記録し、何度でも再生して推量した。そんなふうにして父や母、兄や姉、祖父や伯父が登場して伝えてくれた夢テレビの情報は、ちゃんと記録し、それに基づいて考えるよう努めてきたのだ。


~天から町がふってくる[新しい市民生活場の理念](執筆中)より~