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作家・東峰夫 公式ブログ

東 峰夫 小説家。第33回文學界新人賞受賞、第66回芥川賞受賞。 著書: オキナワの少年(1972) 、ちゅらかあぎ(1976)、大きな鳩の影(1981) 、ママはノースカロライナにいる(2003) 、貧の達人(2004)、『現代の神話シリーズ』執筆中

天から町がふってくる

もしも天から町がふってくるとしたら、どういうことになるであろうか?
「バカバカしい。そんなことありえないだろ?」と誰もがいうに違いない。
「何? 天から町がふってくるだと? 愚にもつかないことだ」と嘲笑する者もいるであろう。しかしながらヨハネの『黙示録21・1』には、天からふってくる町のことが、次のように書いてあるのだ。
[わたしは新しい天と新しい地を見た。(中略)、また聖なる都、新しいエルサレムが夫のために着飾った花嫁のように用意を整えて、神のもとを出て天から下ってくるのを見た。すると玉座から大きな声が叫ぶのを聞いた。『見よ、神の幕屋が人と共にあり、神は人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、人の目から涙を拭いとってくださる。もはや死はなく悲しみも叫びも痛みもない。先のものが過ぎ去ったからである』]
 ぼくは中学一年の頃、これを読んでびっくりしたものであった。不思議なことだと思った。聖なる都は花嫁のように着飾っているという。しかもそれは神が人々のうえに覆い被せる幕屋(テント)でもあるという。ほんとうに謎にみちた言葉だった。それ以来、その都について考えてきた。
(都とは象徴に違いない。だとしたら何を象徴しているのだろうか? それを解読したいものだ)と思って考えつづけてきたのだ。
(天から聖なる都がふってくる時、加速度がついて空気摩擦で発火するのでは?)
(巨大隕石の落下と同様、地上に大災害をもたらすことだろうよ)
(それより何より、天空に都市を建設すること自体、はたして可能なのか?)
 そんなことまで想って疑念を抱いたものだった。きっと読者も同じであろう。
だが、心配無用である。[天]とは心理次元にある天然世界のこと。あるいは彼岸のことだ。また[都市]とは[市民生活場の理念]のことである。比喩象徴を解読すると、そういう意味になる。つまり[心理次元の彼岸から、新しい市民生活場の理念がふってくる]ということなのだ。理念のことをギリシア語ではイデア、英語ではアイディアという。それなら別にどうってこともないであろう。アイディアはいつの時代にも、天からふってきたのではなかったろうか? 真摯な芸術家は天からのアイディアを受けとめて、創作してきたのではなかったろうか?
(そうであればその理念とは、どんな内容であろうか?)と興味がわいてきた。
(もしもアイディアが天からふってくるなら、しっかりとキャッチしたいものだ)と、そう思うようになった。


~天から町がふってくる[新しい市民生活場の理念](執筆中)より~